エクソソームは、再生医療や美容医療だけでなく、近年では脳・神経領域でも研究が進められています。
なかでも注目されているのが、鼻から投与する「エクソソーム点鼻」です。
鼻腔には嗅神経や三叉神経に関連する経路があり、これらを介して中枢神経系へ物質を届ける「nose-to-brain delivery」の研究が進められています。
動物研究に加えて、アルツハイマー病患者を対象とした初期の臨床試験も報告されており、脳機能や認知機能への新しいアプローチとして期待されています。
ただし、現時点では認知症や認知機能低下に対する標準治療として確立された方法ではありません。
この記事では、エクソソーム点鼻がなぜ脳・認知機能の分野で注目されているのか、最新の研究結果をもとに解説します。
エクソソームが脳・神経領域で注目される理由
エクソソームは、細胞から放出される細胞外小胞(EV)の一種です。
細胞外小胞にはタンパク質や脂質、mRNA、マイクロRNAなどさまざまな分子が含まれ、細胞間の情報伝達に関わっています。
近年は、こうした細胞外小胞が炎症の調節や組織修復などに関わる可能性が研究されており、脳・神経疾患への応用についても研究が進められています。
特に、間葉系幹細胞(MSC)などに由来する細胞外小胞については、神経炎症、酸化ストレス、神経細胞の保護などとの関係が動物実験を中心に研究されています。
こうした研究から、細胞外小胞を利用した脳・神経疾患への新たなアプローチが検討されています。
一般には「エクソソーム」という名称が広く使われていますが、現在の研究ガイドラインでは、粒子の由来を厳密に確認できない場合は「細胞外小胞(EV)」という表現が推奨されています。
なぜ「点鼻」が脳へのアプローチとして注目されている?

エクソソーム研究のなかでも、脳・神経領域で点鼻が注目される理由の一つが「鼻腔−脳経路(nose-to-brain pathway)」です。
脳には血液脳関門(BBB)と呼ばれる仕組みがあります。
血液脳関門(BBB)とは、血液中の有害な物質などが脳に入り込むのを防ぐ脳のバリア機能です。脳を守る重要な仕組みですが、治療に必要な薬や成分も通りにくくすることがあります。
そこで研究されているのが、鼻腔から中枢神経系へ物質を届ける「nose-to-brain delivery」です。
鼻腔には嗅神経や三叉神経に関連する経路があり、これらを介して鼻腔から中枢神経系へ物質を移行させる可能性が研究されています。
エクソソーム・細胞外小胞についても鼻腔投与の研究が進められており、動物研究では、経鼻投与した細胞外小胞が脳内へ移行することを示した報告があります。2025年のレビューでも、神経疾患に対するEVの鼻腔投与は、脳への送達方法の一つとして研究が進められていることが整理されています。
ただし、「点鼻すればエクソソームが脳へ確実に届く」という意味ではありません。 鼻腔内では粘液による排出や分解なども起こるため、どの程度が中枢神経系へ移行するのか、どのような製剤・投与方法が適しているのかについては、現在も研究が続いています。
また、点鼻は注射や点滴とは異なり、針を使用しない投与経路であることも特徴の一つです。
このように、鼻腔から中枢神経系への送達という可能性と、非侵襲的に投与できるという特徴から、エクソソーム・細胞外小胞の脳・神経領域への応用において、点鼻が研究されています。
認知機能への効果はどこまで研究されている?
エクソソーム点鼻については、これまで動物実験を中心に研究が進められてきましたが、近年ではヒトを対象とした臨床研究も報告されています。
アルツハイマー病患者を対象としたPhase I/II試験
注目される研究の一つが、軽度〜中等度のアルツハイマー病患者を対象として行われたPhase I/II臨床試験です。
この研究では、脂肪由来間葉系間質細胞から得られたエクソソームを鼻から週2回、12週間投与し、安全性や認知機能の変化などが評価されました。
試験では重篤な有害事象は報告されず、中用量群では12週時点でADAS-cogやMoCA-Bなどの認知機能評価指標に変化がみられました。
さらにADAS-cogについては、その後の追跡期間でも一定の変化が確認されています。
これは、エクソソーム点鼻をアルツハイマー病患者に実際に投与して評価した初期臨床研究として興味深い結果です。
ただし、少人数の初期試験であり、プラセボ対照ではないため、この結果だけからアルツハイマー病への有効性を証明したとは判断できません。
今後、より多くの患者を対象とした無作為化比較試験などによる検証が必要です。
日本でも認知機能を対象とした点鼻研究が登録された
日本でも、エクソソームの点鼻投与と認知機能などとの関係を調べる臨床研究が登録されていました。
この研究では、50~80歳の軽度認知障害(MCI)の方を対象に、iPS細胞由来エクソソームを1日1回、4週間点鼻投与し、MMSEやMoCA-Jなどの認知機能指標の変化を評価する予定でした。無作為化・二重盲検・プラセボ対照という研究デザインが計画されていました。
一方で、この研究は実施体制の見直しを理由に2026年1月30日に中止されており、実施症例数は0人でした。
そのため、この研究については、エクソソーム点鼻による認知機能への効果を示す臨床結果は得られていません。
このように、エクソソーム点鼻と認知機能については、ヒトを対象とした研究も始まっていますが、現時点では有効性を確立するには十分な臨床データが蓄積されていない段階です。
今後、より規模の大きな臨床試験が行われることで、認知機能への影響や安全性、適切な投与方法などについて、さらに具体的な知見が得られることが期待されます。
下記の情報を参考に記述しています。
- エクソソームの点鼻投与が中高齢者の認知機能・免疫老化・筋力に及ぼす影響:二重盲検無作為化比較試験 jRCT:臨床研究等提出・公開システム
2026年にも脳の老化・神経炎症に関する研究が報告
エクソソームを含む細胞外小胞(EV)の点鼻研究は、現在も進められています。
2026年には、ヒトiPS細胞由来神経幹細胞から得られた細胞外小胞を、加齢したマウスに点鼻投与した研究が報告されました。
この研究では、脳の海馬において、アストロサイトの肥大やミクログリアの集積、酸化ストレスなどの変化が評価されました。点鼻投与したマウスでは、NLRP3やcGAS-STINGなど神経炎症に関連するシグナルの活性化が抑えられ、認知・記憶機能にも改善がみられています。
特に、加齢に伴って慢性的な炎症が続く「neuroinflammaging(神経炎症性老化)」に対するアプローチとして注目されています。
ただし、この研究は加齢したマウスを対象とした動物研究です。ヒトに同じ作用や効果が得られるかどうかは、今後の臨床研究によって検証する必要があります。
しかし、アルツハイマー病だけでなく、加齢に伴う脳内環境の変化という観点からも細胞外小胞の点鼻投与が研究されていることは、この分野の広がりを示すものといえるでしょう。
下記の情報を参考に記述しています。
- PubMed(PMID: 41656949) Madhu, Leelavathi N et al. “Intranasal Human NSC-Derived EVs Therapy Can Restrain Inflammatory Microglial Transcriptome, and NLRP3 and cGAS-STING Signalling, in Aged Hippocampus.” Journal of extracellular vesicles vol. 15,2 (2026): e70232. doi:10.1002/jev2.70232
エクソソームが認知機能に働く可能性が研究されている理由
現在の研究では、エクソソームや細胞外小胞が脳に対してどのように働くのか、さまざまなメカニズムが検討されています。

主に注目されているのは
神経炎症の調節
脳内で炎症が過剰に続くと、神経細胞の働きに影響することがあります。エクソソームには、こうした炎症反応を調整する可能性が研究されています。
酸化ストレスの軽減
加齢などによって活性酸素が増えると、神経細胞がダメージを受ける原因になります。エクソソームは、酸化ストレスに関連する細胞障害を抑える可能性が研究されています。
神経細胞の保護
記憶や判断などの認知機能には、神経細胞が正常に働くことが重要です。エクソソームに含まれるさまざまな物質が、神経細胞の生存や機能を支える可能性が研究されています。
脳内免疫細胞への作用
ミクログリアは、脳内の異物や不要な物質を処理する免疫細胞です。一方、過剰に活性化すると神経炎症にも関係します。エクソソームがミクログリアの働きを調整する可能性が研究されています。
細胞間情報伝達のサポート
エクソソームは、マイクロRNAやタンパク質などを運ぶ「情報の運び屋」のような役割を持っています。これらを別の細胞へ届けることで、細胞の働きを調節する可能性があります。
こうした複数の作用を通じて脳内環境に影響を与え、認知機能との関連につながる可能性が研究されています。
アルツハイマー病をはじめとする認知機能低下には、一つの原因だけではなく、神経炎症や酸化ストレス、神経細胞の機能低下など複数の要因が関係しています。
細胞外小胞はさまざまな生理活性物質を運ぶ性質を持つため、こうした複数の経路に働きかける可能性が研究されています。
これが、脳・認知機能の分野でエクソソームが注目されている大きな理由の一つです。
下記の情報を参考に記述しています。
- PubMed(PMID: 30926143) Delpech, J. C., Herron, S., Botros, M. B., & Ikezu, T. (2019). Neuroimmune Crosstalk through Extracellular Vesicles in Health and Disease. Trends in neurosciences, 42(5), 361–372.
- PubMed(PMID: 40072028) Hermann DM, Wang C, Mohamud Yusuf A, Herz J, Doeppner TR, Giebel B. Extracellular vesicles lay the ground for neuronal plasticity by restoring mitochondrial function, cell metabolism and immune balance. J Cereb Blood Flow Metab. 2026;46(2):185-206.
- PubMed(PMID: 39594583) Ghosh, M., & Pearse, D. D. (2024). The Yin and Yang of Microglia-Derived Extracellular Vesicles in CNS Injury and Diseases. Cells, 13(22), 1834.
- PubMed(PMID: 38338906) Filannino, F. M., Panaro, M. A., Benameur, T., Pizzolorusso, I., & Porro, C. (2024). Extracellular Vesicles in the Central Nervous System: A Novel Mechanism of Neuronal Cell Communication. International journal of molecular sciences, 25(3), 1629.
エクソソーム点鼻は認知症の治療として使える?
現時点では、エクソソーム点鼻をアルツハイマー病などの認知症に対する確立された治療法と考えることはできません。
アルツハイマー病患者を対処とした初期の臨床試験では、認知機能評価指標の変化などが報告されていますが、少人数の初期試験であり、プラセボ対照ではないため、この結果だけで有効性を判断することはできません。
また、日本でも認知機能を対象としたエクソソーム点鼻研究が登録されましたが、研究は中止され、実施症例数は0人でした。そのため、この研究から有効性を示す臨床データは得られていません。
一方、動物研究では、加齢したマウスへの点鼻投与によって神経炎症や酸化ストレス、認知・記憶機能に関連する変化が報告されています。
まだ現在では認知機能への効果が確立した治療ではなく、脳・神経領域への応用が期待され臨床研究も始まっている新しい研究分野と捉えるのが適切でしょう。
今後は、より多くの患者を対象とした無作為化比較試験などを通じて、有効性だけでなく、適切な投与量や投与頻度、長期的な安全性について検証していく必要があります。
エクソソーム点鼻を検討する前に確認したいこと
エクソソームや細胞外小胞を用いた治療では、製品や調製方法によって中身や品質が大きく異なる可能性があります。
日本再生医療学会も、細胞外小胞を用いた治療について、製品の由来や品質、安全性、臨床的な有効性などを慎重に確認する必要性を示しています。
そのため治療を検討する場合は、
- 何由来の製品なのか
- エクソソーム・細胞外小胞がどのように確認されているか
- 製造・品質管理がどのように行われているか
- どの程度の臨床研究があるのか
- 考えられる副作用やリスク
- 費用や投与頻度
などについて説明を受けることが重要です。
また、認知機能の低下が気になる場合は、エクソソーム点鼻だけで判断するのではなく、まず原因を確認することも大切です。
認知機能の変化にはアルツハイマー病だけでなく、睡眠障害、薬剤、うつ状態、甲状腺疾患、脳血管疾患などさまざまな原因が関係するため、必要に応じて専門医による評価を受けましょう。
まとめ
エクソソーム点鼻は、鼻腔から中枢神経系への物質の送達を目指す「nose-to-brain delivery」の一つとして、脳・神経領域で研究が進められています。
動物研究では、神経炎症や酸化ストレスの軽減、神経細胞の保護、認知・記憶機能への好ましい変化などが報告されています。
さらに、アルツハイマー病患者を対象としたPhase I/II臨床試験では、点鼻投与の安全性とともに、一部の認知機能評価指標で改善がみられました。
まだ少人数の初期研究であり、認知症や脳機能低下に対する有効性が確立された段階ではありませんが、研究は動物実験だけにとどまらず、ヒトを対象とした臨床研究へと進み始めています。
今後、より規模の大きな臨床試験によって有効性や安全性、適切な投与方法が明らかになれば、脳・神経領域における新しい選択肢につながる可能性があります。
エクソソーム点鼻を検討する際は、現在わかっている研究成果とまだ明らかになっていない点の両方を理解したうえで、使用する製品の品質や治療内容について医師から十分な説明を受けることが大切です。





